HIKARI NANAIRO WORLD
トルコの民族楽器サズの弾き語り 詠語り人(うたがたりびと)ひかりです!
やっと予感
トルストイを学ぶにつれ、その思考に唸ってしまう。
物語のあらすじだけを、
ドラマチックに追いかけるような台本にしたくないので、
生涯を知ることから始めたんだけど、
哲学者としてのトルストイが、あまりにも凛としていて、
すごいなぁと。
一昨日は、東京の某大学の夏期講座に参加。

非戦論をテーマにした講義を聴講。
1904年、日露戦争の最中に書いた論文には、大衝撃。
教授いわく、
“書き物と人生が、ぴったりと寄り添っている作家”だと。
今回、私が手がける物語は、
戦争に関しては、直接、触れてある部分はないんだけど、
トルストイが目指していた方向を、
少しでも理解することができたので、受講して良かった。
印象に残ったのは、作家として他国でも有名になっていたので、
自国を批判しても、捕えられなかったっていう話。
代わりに、弟子たちが国外に追放されたんだけど、
そのおかげで、色々な国に、トルストイの文章や考えが、
広がったとのこと。
トルストイは、実際、戦争に行ってるから、
具体的な言葉ばかりで、半端ない説得力。
何のために、書くのか。
理由が明白。
じゃ私は、何のために、語り、歌うのか。
その答えも、はっきりしたよ。
依頼のあった作家だけど、
今ではすっかり魅せられて、のめり込んでる…。
やっと、虹をかけられそうな予感!
物語のあらすじだけを、
ドラマチックに追いかけるような台本にしたくないので、
生涯を知ることから始めたんだけど、
哲学者としてのトルストイが、あまりにも凛としていて、
すごいなぁと。
一昨日は、東京の某大学の夏期講座に参加。

非戦論をテーマにした講義を聴講。
1904年、日露戦争の最中に書いた論文には、大衝撃。
教授いわく、
“書き物と人生が、ぴったりと寄り添っている作家”だと。
今回、私が手がける物語は、
戦争に関しては、直接、触れてある部分はないんだけど、
トルストイが目指していた方向を、
少しでも理解することができたので、受講して良かった。
印象に残ったのは、作家として他国でも有名になっていたので、
自国を批判しても、捕えられなかったっていう話。
代わりに、弟子たちが国外に追放されたんだけど、
そのおかげで、色々な国に、トルストイの文章や考えが、
広がったとのこと。
トルストイは、実際、戦争に行ってるから、
具体的な言葉ばかりで、半端ない説得力。
何のために、書くのか。
理由が明白。
じゃ私は、何のために、語り、歌うのか。
その答えも、はっきりしたよ。
依頼のあった作家だけど、
今ではすっかり魅せられて、のめり込んでる…。
やっと、虹をかけられそうな予感!
ロシア文学と大阪の話芸
トルストイの朗読公演は、
当初、朗読劇という形だったんだけど、
出演依頼をしていた方と折り合いがつかなくて、
一から企画を練り直すことに。
はい、格闘。
私が客席にいたら、どんな舞台が観たいか、
どんな内容だったらワクワクするか…。
めっちゃ格闘。
何度も思い浮かぶ演出を、何度も検討。
大きな枠組みの中での、今回の企画。
全国公演の大阪を背負う…ということで、
グレードアップした“ひかりワールド”を展開したい。
結果、トルストイを、
「朗読・歌・三味線…ひかり」で、上演することになりました!
今回のご縁をくださったF先生に、
快く了承してもらった。
「期待しています」って。
嬉しくて、燃える燃える!
それにしても、三味線って?でしょ。
小学生の頃、母に教えてもらっていたんだけど、
機会があれば、ずっとやりたいと思ってたの。
だったら今、やりましょうよ~ってね。
曲も作るよ。
義太夫っていうより、松竹時代に憧れだった、
寄席で、三味線を弾くお姉さんのイメージが近いんだけどね。
ロシア文学と大阪の話芸を、
私らしく融合させた世界にしたい。
ちょっと苦しんだけど、
“希望”を、見つけ出すことができた喜びでいっぱい。
舞台は、来年10月の予定。
1年余りかけて、丁寧に、じっくり創っていきます!
当初、朗読劇という形だったんだけど、
出演依頼をしていた方と折り合いがつかなくて、
一から企画を練り直すことに。
はい、格闘。
私が客席にいたら、どんな舞台が観たいか、
どんな内容だったらワクワクするか…。
めっちゃ格闘。
何度も思い浮かぶ演出を、何度も検討。
大きな枠組みの中での、今回の企画。
全国公演の大阪を背負う…ということで、
グレードアップした“ひかりワールド”を展開したい。
結果、トルストイを、
「朗読・歌・三味線…ひかり」で、上演することになりました!
今回のご縁をくださったF先生に、
快く了承してもらった。
「期待しています」って。
嬉しくて、燃える燃える!
それにしても、三味線って?でしょ。
小学生の頃、母に教えてもらっていたんだけど、
機会があれば、ずっとやりたいと思ってたの。
だったら今、やりましょうよ~ってね。
曲も作るよ。
義太夫っていうより、松竹時代に憧れだった、
寄席で、三味線を弾くお姉さんのイメージが近いんだけどね。
ロシア文学と大阪の話芸を、
私らしく融合させた世界にしたい。
ちょっと苦しんだけど、
“希望”を、見つけ出すことができた喜びでいっぱい。
舞台は、来年10月の予定。
1年余りかけて、丁寧に、じっくり創っていきます!
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